VR教育(歴史)と道徳的ジレンマ。歴史上の悲劇の体験は子供にどんな影響を与えるか

VRを使えば教室にいながらアメリカのスミソニアン博物館を見て回るような質の高い教育を子供たちに与える事が出来ます。

 

しかしVRを使った教育により子供たちに質の良い学習効果を与える事が可能になるかわりに、そこにどんなメリットがありどんな危険性があるかはまだわかっていません。

 

その理由は至極単純、VR教育には前例が無いからです。

 

『前例がなくたってすごい技術なんだからやりゃあいいのに』と言いたくなる気持ちもわかりますが、VR教育はいうなれば『臨床実験を行っていない新薬』のようなものです。そこにどんな副作用があるかわからないのです。

 

そのため今後バーチャルリアリティ技術を使った教育に対して異議を唱える人や批判をする人は必ず出てきます。

 

というわけで今回は『VR教育』がテーマにちょっと小話をします。海外でも話題になったとある『VRコンテンツ』を例に出して、VRと教育(特に歴史)について考えていきましょう

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アメリカ同時多発テロ「9.11」を追体験するVR作品『8:46』

2001年9月11日にアメリカ世界貿易センタービルで起きた「同時多発テロ」を追体験するVR作品があります、事件発生時刻に合わせて作品名は『8:46』

 

プレイヤーは世界貿易センターで働いている社員となり、被害者の立場となってテロ事件を体験する事になります。この作品は2015年に公開されたものでしたが、ネット上では賛否両論が巻き起こりました

 

グラフィックは大した事ないですし、グロテスクなシーンもほとんどありませんが、人がビルから飛び降りるシーンをはじめとするショッキングなシーンは丁寧に再現されており、『コレは遺族や関係者に対するひどい侮辱だ』と抗議する人も現れました

 

悲劇を題材とする作品は他にも沢山ありますが、まぁ事件が事件だっただけに色々とあったんでしょう

 

で、なぜこの作品を例に挙げたかというと、こういう類のショッキングな内容の歴史ってVR教育で活用する必要ある?って事を言いたかったからです

 

ちょっとコレを見て下さい

バーチャルでの体験は現実に影響を及ぼす事は証明されている

スタンフォード監獄実験やミルグラム実験に見られるように、バーチャルな体験が人格に影響を及ぼす事は知られています。

スタンフォード監獄実験

刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験が行われた。~中略~ 新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。その結果、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。

wikipedia

ここで言う「バーチャル」というのはネット上とか仮想世界的な意味ではなく、ロールプレイングで別人格を演じるという事ですが、コレはVRでも同じような事が報告されています

 

まだまだ反復実験の必要がある分野ではありますが、VRでの行動体験が現実の行動に影響を及ぼすという実例もありますので気になる方が居ましたら過去記事をご覧ください。

VRでのヒーロー体験が現実の行動に好影響を及ぼす!?スタンフォード大学の実験

 

ここらへんをしっかりと踏まえた上でVR教育についてもう一度よく考えてみましょう。

 

歴史上の悲劇はVR体験させるべきか?

人間の歴史は必ずしも綺麗な事柄だけではありません。数百年の間だけを見ても多くの人間たちが争い、血で血を洗うような残虐な歴史が繰り返されてきています。

 

VR技術は教科書の説明文や写真で伝えきれない情報を生徒たちに追体験させ、より深い学習効果が与える事が可能ですが、同時に世界で最も悲劇的な一日を追体験させる事も可能な諸刃の剣になってしまうのです。

 

災害、虐殺、差別、戦争、現状の教科書であれば数行の説明と写真で済まされている事柄を、VRなら「体験」出来てしまう訳ですから当然と言えば当然ですけど。

 

今手元に日本史や世界史の教科書があるという人が居たら試しに中身を読み返して下さい

 

どうです?人間の歴史なんてほとんどが争いでしょう?

 

歴史を正しく学ぶ事は非常に重要ですが、子供たちに与える心理的なストレスがどの程度のものになるか考慮するのも重要です。

 

かといって「じゃあVRを使った教育は危ないからダメ!」と一辺倒になってしまうのは浅はかで愚かで残念な判断だとは思いますけどね

 

その意見は『健全』じゃあない。

健全な精神を育む為に

最近よく見かけますけど、ちょっと暴力表現を使ったりみだらな描写がある作品をみるとヒステリーを起こしたかのようにキーキーと批判をしてくるやかましい方々がいます。

 

彼らor彼女らも心の内ではただ子供たちの心配をしているだけだと考える事で、僕は納得する事にしていますが、暴力性や残酷さを完全排除したコンテンツのみを子供たちに見せ続ければ子供たちが健やかに育つと考えている人こそ危ない人間だと僕は思うのです。

 

人間ってのは善も悪も平等に触れて自分で考え独自性を作り上げる事で健康的な精神が育まれていくんです。健康な精神とはどちらかに偏った感性を持った人間ではなく、善悪のバランスのとれた人間の持つ精神の事なんです。

 

良い作品も悪い作品も『健全な精神』をはぐくむ為には重要です。そんな子供たちを増やしていく為にVRはどのようなお手伝いが出来るでしょうか。

VR教育は良いのか悪いのか

悲劇の歴史を身をもって体験し自分なりに考える機会を与える事が出来るのは教育として素晴らしいコンテンツです。

 

しかし『実際に人が死ぬ現場を見せる』事が必要かどうかは正直うーーんと頭を悩ませてしまいます。災害や事故ならまだしも虐殺や戦争など『人が人を殺める瞬間』は子供たちにとってあまりに衝撃的で残酷なものになりそうだからです。

 

VR教育は何も考えずに「良い!」「悪い!」とか言えるようなものではないコントロバーシャルな物です。現実的に考えればコンテンツによって適正年齢基準を設けるのは必須でしょうし、子供たちの心理的なケアも場合によっては必要となってきます。

 

場合によっては「VR教育なんかいらないね」って事も充分あり得るでしょう。僕ら大人ははそこらへんの事を全部天秤にかけて判断していかなければいけません。

 

答えがはっきりとせずもやもやとしている読者の方も多いかとは思いますが、そもそもVR教育ってこういうもんなんだぜって事をご理解いただければと思います。

 

今後激化するであろうVRと教育コンテンツの使い道について、読者の方々が考えるきっかけとなる事を願いながらこの記事を終えたいと思います。ほなね

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