[VRの賞味期限]無条件に感動を与えられる時代は間もなく終わる。

僕はVRと出会って2,3年間くらいの時間が経ちます。それなりに多くのコンテンツを体験してきたし、普通の人よりはいろいろ見てきてると思います。

VRの為に西へ東へ奔走し、度肝を抜かれるような素晴らしいVRコンテンツにもたくさん出会ってきました。

2016年はOculus RiftやHTC Vive、Playstation VRが一般向けに発売され、より身近な存在となったVRの世界ですが、そんな中僕の中で一つ変わった事があります。

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どんなVRでも感動する訳じゃない

Meditate

VR作品は日に日に増えていますが、そのどれもが素晴らしい作品かと言えば答えはノーです。

しかし僕も3年前はどんなコンテンツでも『ぬぉぉ、こらたまげた、すんげー!!』とリアクション芸人のような反応をとっていました。

映像が粗くても、映像に遅延がありすぎてどうしようもなく酔ってしまいそうな時でもVRという技術に圧倒され感動していました。

しかし現在では淡々とVR体験をするようになっています(PSVRのRez∞は感動したよ)

勿論VR自体がつまらなくなったわけじゃないし、相変わらず大好きだけど、『あ、これ前にやった○○に似てるな』とか『多分こういう感じのコンテンツ』と大体どんなもんか予想できてしまうものが多かったりします。

過去の体験がVR体験を新鮮なものとして捉えられなくするのに気が付いたんです。

勿論時間が経っても好きな作品はあるし、そのどれもに制作者の熱意を感じるので悪くは言いたくないんだけど、似たり寄ったり感があって数年前のような衝撃的な感動はない、というのが今の僕の本心だったりします。

これって多分一種の「飽き」なんです。

飽きは唐突にやってくる

『飽きる』という感情は誰にでもやってきます。

僕のようなVR大好き人間でもそうなんだから一般の人の方がより早く『飽き』が顕著に出るでしょうね。

実際、僕はプライベートでも知人周りにVRをお勧めしてきてますし、イベントにVRを全くしらない知人を連れていくこともあります

そんな彼らに日をおいてVRに関して話を聞いてみたところ、興味が現在まで持続している人はほぼ皆無でした

初めはあんなにワーワーいって『オキュラス!オキュラス!バイブ!バイブ!』ってなってたのが、今では

すーーーーーーーーーーん。

って感じ。

『没入感?は?なくても別にいいわ、俺はテレビで充分だぜ』みたいなリアクション。

でもコレって生き物である限り仕方のない事だと思います。時間がたったり間があくと、急に冷めたりするもんなんですよね。

別に各イベントのクオリティが下がったわけでもないんですけど、一般の人達のVRへの飽きのスピードって尋常じゃないなぁって思ったんです。

これからのVRに必要なもの

じゃあ、これからのVRに必要なものってなんだろうって事なんだけど、

現在VR業界では今必要なのは『良質なVRコンテンツの提供』とか『VR体験の場を沢山設ける』だと言われています。

たしかにVR黎明期、成長期段階にある今、一般の方にVRを体験してもらう機会を提供するのは最も必要な事に思えます。

初めてのVR体験が良いものじゃなかったら興味すら持たないし、そもそもVR体験できる場所が少なければ普及もしないですから正しい意見です。

しかしこれって、もともとVRに対して興味関心があった人に限られると思うんですよ。

そうじゃない人は僕の友人のようにアッという間に頭からVRの事なんてどっかいっちゃいます。

忘却の彼方です。

その理由は、おそらくですが、

僕らと違って一般の人たちは『VRでなにかが便利になるわけじゃない』と考えているからだと思います。

今回友人達にインタビューをしてみて、顔全体を覆う数百グラムのヘッドセットをわざわざ装着するのは彼らにとって非常に手間で面倒な事である事、それをわざわざやってまでVR体験をする意味を考えないことにはVRの普及はあり得ないのだなと強く感じました。

以上の事からVRがもっともっと盛り上がる為に必要なのは『VRによって我々の日常生活にどんな課題解決案を提供していくのか

言い換えれば、

VRによって僕たちの生活がどれだけ楽になるのか』が重要であり、その事についてしっかりと考えねばならないのだと思います。

日本はいまだにFAXや手書きビジネス文書が使われているような世界でもまれにみるガラパゴス国ですから、『生活が楽になる』プラスアルファ何かが必要となるのでしょう。

僕としては末永くVRが流行してくれないと何かとヤバいので、真剣に考えていかなきゃなぁと一人危機感を感じている次第です。

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